博多祇園山笠 六番山笠 中洲流(2019年)

九州最大の歓楽街・中洲で公開されている山笠。舁き山笠と飾り山笠を奉納。公開場所は、地下鉄・中洲川端駅から徒歩5分、西鉄バス・東中洲バス停から徒歩3分ほど。(下記の地図参照)

 舁き山笠 
標題:神武中洲志
(じんむ ちゅうしゅうをこころざす)

人形師:溝口 堂央

<標題の説明>

初代天皇である神武天皇は、大業を広め天下を統治するために日向から世界の中心地 中洲を目指し東へ旅立ちます。幾多の試練や苦難を乗り越えついに大和を平定し中洲(橿原(かしはら))の地に宮殿を建設し日本を建国致しました。この場面は最終決戦 長髄彦との戦いで金色の「霊鵄(くしきとび)」が飛来し、天皇の弓弭(ゆはず)に止まろうとしている場面です。令和が平穏で明るい時代にと願いを込めて制作致しました。

<写真ギャラリー>

 

 飾り山笠 
< 表 > 標題:雄姿剣洗川
(ゆうし けんをあらうかわ)

人形師:三宅 隆

<標題の説明>

正平十四年(千三百五十九年)八月七日大保原(小郡市)で武家方の小式頼尚に勝利した官方の菊池武光は、南に敗走する敵を追って山隈原まで進出した。この方面で戦っていた小式方の大友勢も菊池勢の側面からの攻撃に敗れた。武光は更に小川を渡り(菊地渡りと云う)深く追撃しようとした。続きを読む

この激戦で死傷者は小式方 一万八千人、菊地方六千九百人と伝えられる様に、味方も損害が大きく、また疲れ切っていたので、進撃する事を止め、軍を山隈原にまとめた。朝からの戦いで、血まみれの刀を山隈原を流れる小川で洗うと、刀は鋸の様にこぼれており、川の水は真っ赤に染まった。この故事により大刀洗と名づけられた。
<写真ギャラリー>
<見送り> 標題:義経千本桜
(よしつねせんぼんざくら)

人形師:溝口 堂央

<標題の説明>

義経のもとへ佐藤忠信が訪ねてくる。義経は鳥居前で預けた静御前と初音鼓はどうしたかと聞くが、忠信はまったく知らないと言う。
そこへ静御前のお供をしていたのは狐だった。静御前が持つ初音の鼓の皮となった親狐を慕い忠信は源九郎という我が名とともに子狐に初音の鼓を与える。喜んだ子狐は、通力で義経に夜討ちを仕掛ける悪憎を翻弄すると鼓を手に故郷へと飛ぶように帰っていったのだった。

<写真ギャラリー>

 

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< 地 図 >

※舁き山笠=青いピン、飾り山笠=赤いピン